平成15年・夏休みの作文
林 卓人(大河原小6年)

こけの中の小さなクマ

1.出会い

「クマムシ?クマムシって何?」
去年,顕微鏡を使った昆虫の体のミクロの世界に挑戦したぼくが,2年目のミクロの世界として目をつけたのが微生物でした。ゾウリムシ,ミドリムシ,センチュウ,アメーバ,ミジンコ・・・この程度なら誰でも知っているでしょう。しかし,クマムシは聞いたことがありません。微生物なのにクマというのも不思議です。興味をもったぼくは,インターネットのページをさらにクマムシへと進めて行きました。そうしたら,すごいことが分かったのです。「クマムシとは,足が8本の節足動物に近い生物。身の回りのこけなど,どこにでもいる土壌微生物で,熊のようにずんぐりした体つきから,クマムシの名がつけられた。乾燥状態になると,体を丸めてたるのような姿になり,生活作用を停止することができる。乾燥状態では,151度という高温やマイナス253度という低温,6000気圧(生物が生きられない環境)という状況にもたえられるらしい。」と書いてありました。(すごい。一度死んでも生き返る生物なんて聞いたことがない。)ぼくは夢中になりました。電子顕微鏡の写真を見ると,アルマジロに似ていて,手足の先にはするどいかぎつめのようなものがあり,糸のような触覚が2本,ひょろっと出ていました。(かっこいい。ぼくはこれが好き。)そう思いました。絶対に本物を見つけてやろうと心に決めました。

 

2.クマを追い求めて観察の様子

(1)こけの採取
 まずぼくは,家の近くに生えているこけを採取することから始めました。採取したのは次の3ヵ所です。
・しめっていて青々とした庭のこけ
・トンネルの中の湿ったこけ
・公園のコンクリートの乾いたこけ
 ペットボトルの底を切り,皿にしてシャーレの代わりにし,採取してきたこけをその中に入れ水にひたしました。(クマムシは水の中で活動するから,たぶんトンネルのこけにいる可能性が高いだろうなあ。)そんな予想を立て,一番初めにトンネルのこけをセットし,顕微鏡をのぞきました。


(2)こけの中の運動会(トンネルのこけ)
「うっ!運動会だな,これは・・・。」
まるで大河原小学校の運動会か,売り出し中の仙台のデパートを見るかのように,微生物達がすばしっこく行ったり来たりしています。四方八方に飛ぶように動いているのがゾウリムシです。1本のひげでちょろちょろと動いているのはミドリムシです。体をくにゃくにゃと休みなく動かしているのは,センチュウという微生物です。突然,大きな物が横切りました。頭の先が平たくなっていて,ヘビのように長いこの生き物,これはアブラミミズという微生物です。
 こんなに種類も数もいるのに,肝心のクマムシがいません。ぼくは何度もホールグラスの水を取り替えて顕微鏡をのぞきましたが,やはり見つからず,とうとうあきらめることに
しました。

(3)荒れ地(庭のこけ)
「意外に何にもいない。」 
採取した時は,しめっていて生物がたくさんいそうな予感がしていたのですが,実際にはほとんど動く気配はありませんでした。時々トンネルのこけのものと同じ種類の微生物が,ちらっと動くだけでした。岩のように見えるどろのつぶがごろごろしていて,まるで荒れ地です。(静かだなぁ。)と思ったその時です。(ん・・・クマムシか?)岩のように大きく見えるどろのつぶが,ごそごそと動いています。クマムシはゆっくりと熊のように動きます。けれどもこの生物の進み方は,上から見たシャクトリムシのように伸び縮みするのです。微生物図鑑で調べたところ,ヒルガタワムシだと分かりました。確かに,形や動きがヒルに似ています。またしても,クマムシ発見には至りませんでした。

(4)宝石の中にクマ発見(公園のこけ)オニクマムシ
(これがこけについていた土なのか?)そこに見えた物は,きらきらと光るガラスの破片のような半透明のきれいな砂でした。見た目はきたなかったどろなのに,顕微鏡を通して見ると,まるで宝石のようです。(顕微鏡ってすごい。)と,改めて思いました。
「よし,見つけてやるぞ。」
はりきって自分に言い聞かせました。しかし,やる気いっぱいで観察しているのに,クマムシはなかなか出てきてくれません。ぼくはねばりました。5回水を取り替え,見る位置をずらした時です。(いたっ。これだ!)8本の足があり,砂のかげでのそのそと半透明の生物が動いています。間違いありません。クマムシです。ぼくは長いことクマムシの動きをじっと見ていました。家族が集まってきて,かわるがわる顕微鏡をのぞき,
「かわいい。」
の連発です。ぼくは(こんなか弱そうな生物が,とんでもない高温低湿や乾燥状態にたえられるなんて,信じられない。)と思いました。さっそく顕微鏡にデジタルカメラを取り付けて,写真をさつえいしました。 さらに1時間ぐらい観察を続け,もう1匹見つけることができました。

 

3.卓人流ベールマン装置卓人流ベールマン装置

 クマムシのなどの微生物についてもう少し勉強したいと思い,参考になる本はないかと探したところ,「動物の顕微鏡観察」という本があることを知り,さっそく買いました。その本には,様々な微生物のつかまえ方や観察の仕方が書いてありました。それによると,クマムシなどの土壌微生物を集めるためには,「ベールマン装置」というものを使うと良いのだそうです。これは,スタンドにろうとを立て,その口の部分にガーゼを張り,その上に乗せた土壌に強い光を当てる装置です。中に水を入れておくと,光がきらいな微生物は下の方に逃げて行き,ろうとの底にたまるという仕組みです。ぼくは自分で手作りでできないかと考え,スタンドやろうとの代わりにペットボトルの口の部分を使って,同じような装置を作って観察を続けました。
 2〜3時間後,キャップの底の水をスポイトでそっと吸い上げ,顕微鏡で見てみると・・・なんと,クマムシが5,6匹,ころころといるではありませんか。
「卓人流ベールマン装置,大成功!」
ぼくは,見つけたクマムシを次々と1枚のホールグラスに集めました。

 

4.新たな発見トゲクマムシ

 しばらくの間,クマムシ集めに夢中になっていたら,初めて見る微生物に出会いました。のそのそとゆっくり歩くその姿は,クマムシに間違いないのですが,黒く丸くてかたそうな体をしています。明らかに今までのクマムシとは違う種類です。ひげのようなものも見えます。(きっとこれがインターネットで見たクマムシだ。)
 2種類のクマムシの名前を確かめるために,クマムシのホームページを作っている大学の先生に電子メールで写真をそえてたずねて見ました。すると,その日のうちに返事が来ました。それによると,初めに見つけたクマムシは「オニクマムシ」という名前で,後から見つけたクマムシは「トゲクマムシの一種」ということでした。
 インターネットで見た電子顕微鏡の写真は,「ブルムトゲクマムシ」という外国のクマムシのものでしたが,ぼくの見つけたクマムシも同じトゲクマムシの仲間でした。ぼくは念願のクマムシを見つけることができました。

 

5.復活作戦乾燥状態乾燥状態になりそう

 次の日用事があって1日家を空け,戻ってみると,クマムシを集めていたホールグラスの水が乾いています。あわてて水を加えて顕微鏡をのぞいてみると,砂つぶばかりでクマムシの姿が見当たりません。がっかりしてお父さんに話しに行きました。お父さんを連れて戻って,もう一度見てみると,(あれ?クマムシが戻ってきた!)いなかったはずのクマムシが動いているではありませんか。
「一度乾燥状態になって,水を入れたことで 生き返ったんじゃないの。」
と,お父さんが言いました。本当に生き返ったのか,ぼくは目を疑いました。(もう一度乾燥させて,その様子をこの目で確かめないと納得できない。)顕微鏡にビデオカメラをセットし,復活作戦開始です。
 録画ボタンを押し,水が蒸発するのを待ちました。クマムシは,水がなくなる直前まで普通に動いていましたが,水がなくなる瞬間,まるで水にしめつけられるように体を小さく丸めました。そして後には,黒い豆つぶのような形にぽつんと残りました。どうりで砂つぶと見分けがつかなかったわけです。乾燥状態を確認した後,水を1滴垂らし,またじっと観察を続けました。するとだんだん体が長くなり,ことことと動き始めました。少し待っていると足も2,3本見えてきました。(もう少し,もう少し。)ぼくは知らず知らずのうちに心の中で応援していました。乾燥状態から約30分でクマムシは元のように歩き出すことができました。クマムシは確かに復活するのです。

 

6.果てしなく広がる微生物の世界

 クマムシの観察をしてみて分かったことは,微生物の研究のおもしろさと大変さです。何万といる種類の微生物をこつこつと調べていく研究は,まるで,果てしなく広がる世界の目に見えない道を,一本一本たどっていくようです。
 クマムシを知ったことで,ぼくもその道を一歩だけ歩くことができたと思います。「こけの中の小さなクマ」クマムシとの出会いは,この夏最高の出来事でした。未知のものを追い求める楽しさを,思う存分味わわせてくれたクマムシは,すばらしい生物です。

 


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